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最高裁判所第三小法廷 昭和48年(オ)293号 判決

主文

理由

上告代理人中村正樹の上告理由について

司法書士は、登記義務者の代理人と称する者の依頼を受け所有権移転の登記申請をするにあたり、依頼者の代理権の存在を疑うに足りる事情がある場合には、登記義務者本人について代理権授与の有無を確め、不正な登記がされることがないように注意を払う義務があるものというべきである。また、このような場合には、保証人として不動産登記法四四条の保証書を作成する者も、同様の義務があるものというべきである。

本件において原審の適法に確定したところによれば、(一)訴外鶴岡武彦は、その義母鶴岡愛子の印鑑と印鑑証明書等を持参し、司法書士である上告人大沢武に対し、「家族の中で男は自分一人だから、自分が土地の贈与を受けたので登記してほしい。権利証は紛失した。」旨申し向けて本件土地につき贈与を原因として愛子から武彦へ所有権移転登記手続をすることを依頼し、同上告人は、愛子と武彦は義理の親子の関係にあることを知つていたところ、右武彦の言を軽信し、かねて面識のある愛子にその真意を確かめることなく、武彦が持参した愛子及び訴外鶴岡嘉江の印鑑を用いて愛子代理人大沢武名義の本件土地贈与証書、同上告人を受任者とする愛子名義の登記申請委任状及び不動産登記法四四条所定の鶴岡嘉江名義の保証書を作成し、更にその妻である上告人大沢静子をしてその承諾のもとに同条所定の大沢静子名義の保証書を作成させ、これらの書類を登記申請書とともに千葉地方法務局船橋出張所に提出し、その後右出張所から愛子に宛てた同法四四条の二による照会の書面を持参した武彦の依頼により、愛子の記名押印をしてその回答書を作成のうえ右出張所にこれを送付し、よつて昭和四二年六月二六日本件土地につき愛子より武彦への所有権移転登記がされた。上告人大沢静子は、大沢静子名義の保証書の作成について、愛子にその真意を確めなかつた。武彦が持参した愛子の印鑑は武彦が偽造したもので、印鑑証明は右偽造にかかる印鑑を行使して交付を受けたものであり、また、保証書を作成するため武彦が持参した嘉江の印鑑も偽造したものである。

(二)被上告人は、本件土地が真実武彦の所有であると信じ、昭和四二年六月二九日武彦に対し一〇〇万円を、利息年一割五分、弁済期同年一〇月二九日の約で貸与し、同日武彦との間で右債務を担保するため本件土地につき抵当権を設定するとともに、右債務不履行の場合には代物弁済として本件土地の所有権を被上告人に移転し、かつ、被上告人のために賃借権を設定することを約し、翌三〇日抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記及び停止条件付賃借権仮登記を経由した。その後、愛子が被上告人と武彦とを被告として提起した千葉地方裁判所昭和四二年(ワ)第四八三号登記抹消請求事件において被上告人らは敗訴し、本件土地は愛子の所有であり、武彦の所有でないことが確定し、被上告人のため本件土地についてされた前記各登記はいずれも抹消され、被上告人はこれによつて損害を受けた、というのであつて、右事実関係のもとにおいて、武彦の代理権の存在を疑うに足りる事情があり、上告人らは本人について代理権授与の有無を確めるべきところ、これを怠つた点に過失があるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない

(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)

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